大船観音寺で節分豆まき

鎌倉の原田さんにお声がけいただき、師匠瀧川鯉昇、神田阿久鯉先生と大船観音寺さんの節分豆まきに参加した。

また、監寺さんのご縁で一龍斎貞友先生もご参加。

貞友先生は「ちびまる子ちゃん」のお母さん、「忍たま乱太郎」のしんべヱ、「クレヨンしんちゃん」のマサオくんなどの声でおなじみ。生で声が聴けて「ちびっ子豆まき」の部が大変な盛り上がり。

阿久鯉先生は、栄区ご出身なので、子供の頃から何度もお参りしていたそうだ。阿久鯉先生とこんなにゆっくりとお話できたのは初めてなので嬉しい。

師匠鯉昇は、こちらにお参りは初めてだそうだ。

大学進学で浜松から東京に出てからは、たびたび列車から大船観音を眺めていた、と懐かしんでいた。

師匠は学生時代、明治大学の生田キャンパスに通っていたので登戸に住んでいた。

浜松まで帰るときは、国鉄の急行列車「東海」。

国鉄は運賃が高いので、身軽なときは小田原まで/から小田急線を使うわけだが、故郷浜松から大荷物で東京に戻るときは川崎まで東海道線、そこから登戸までは南武線。

「大きな荷物を運ぶときはチッキを使うからね」

……師匠。チッキってなんですか…。

「チッキ、分からないかね…」

国鉄の荷物輸送のことだそうだ。荷物を預けるときの札をチッキと呼び、荷物を預けること自体をチッキと呼んでいたとのこと。

「こまかい針金が何本も通っている伝票、見たことない?」

ああ…。子供の頃はまだそういうの、よく見かけたような…。

山下秀雄青年、大荷物で登戸に帰るときはチッキを握りしめ、大船観音が見えてくると「川崎が近い」と安心していたそうだ。

僕も6歳の時、横浜から横須賀に引越した際は寂しかったが、途中、横須賀線の車窓から見える巨大な観音様に「何だあれは!」と驚いた記憶がある。

それ以降、高校時代はいつも大船で友達と遊んでいたし、今に至るまでお馴染みの光景である。

師匠と一緒にお参りできる日が来るとは。嬉しいことだ。

帰りは大船おでんセンター別館の和(なごみ)でご馳走になる。